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自殺を考える前に、、、いじめられた経験について (2)

https://www.bunsu-daisuki.jp/ijime0901/

前回からの続き

窓に足をかけて覚悟をしていた私。

もう最後だからといろいろなことを考えた。

◯私の気持ち悪い死体がいじめた人の目に一生焼付くんだろうな

◯いじめた人は、殺した罪悪感で苦しむだろう

◯これでもう何も考えなくてもよくなる

◯でも死ぬから、そのあとがどうなるかわからないな・・・

本当に罪悪感を持つのだろうか・・・

ちゃんと遺書や日記などに全員の名前を書いておかないと曖昧になるのではないか・・・

遺書、用意していない・・・

日記に全員の名前は書いていない・・・

ちゃんと書いておかなければ死に損じゃないか・・・

下を見たら本当に高くて怖くなってもきた

ひとまず、今日じゃないといけないことはないな

覚悟を持ってやるのだから、ちゃんと無駄がないようにしなくては・・・

そう思ってその日はやめた。

それから、自殺の準備をすることはなく今まで生きている。

1度、死のうと心に決めて

その直前まできて、上から見下ろし決意をしたから

死んでないのに、1度死んだような気分になったからだと思う。

いつでも死ぬことはできるんだ

と思うと、今は死ななくてもいいかなとも思えてきた。

受験生なのに、遺書を書き、ちゃんと全員の名前が書いてあるか?

されたことを全部書いたか?

そんなことに自分の大事な時間をかけるのが勿体なくなった。

勉強して、目標としている高校へ行くことに時間をかけた方がいい。

それからも特に変わりなく

いじめはあったりなかったり、すごくひどい時もあったし

少ないなと思うこともあった。

家族はいじめられていることを知っていた。

たまたま母と話している時に

「実は自殺しようとしたんだ」と打ち明けた。

しようと思った日からは、もう数ヶ月たっていた。

それを聞いた母がいった言葉がそれからどんなにいじめられても

私を支える言葉になっている。

うまくかけないと思うのでその時の会話をそのまま再現しようと思う

母「馬鹿なことを。なんであんたが死なないといけないの?

あんたが死んでも、いじめた人は反省はするかもしれないけど、

生き続けるんよ。なんでいじめた方が生きて、あんたが死ぬのよ。

死ぬ勇気があるなら、相手を殺して死になさいよ。

死ななくてもいいわ。死ぬほどの決意があるなら、相手を殺して

あんたは生きたらいい」

私「お母さん、、、、そんなことをしたら

家族全員が、世間からいろいろ言われるよ。大変になる」

母「それでもいいわ!そういうことならば

犯罪者の母って言われても耐えられるわ。

死ぬ覚悟を持つぐらいなら、殺してでも生きる覚悟にして」

私「まぁ、死のうと思ったのは過去のことだから」

このような会話だった。

母がそんなことを言うと思わなかった。

とても真面目で、人を殺すだなんて言葉を口にするような人ではなかった。

実際に殺せといっているわけではない。

そこだけは誤解しないでいただきたい。

母の覚悟を、母の愛を感じた。

言われてから少しだけ「実際に殺すとなると」と考えてみた。

◯いじめた人は数人ではないから、一度に大量に殺すのはむずかしいな・・・

◯殺すと自分は犯罪者となる。なんでいじめた人のせいで犯罪者になって人生を棒にふらないといけないのか?

◯いじめた人のせいで私の家族まで、いろいろ言われるようになる。なんでいじめられた上に、家族まで言われないといけないのか・・・

だんだん、いじめによって自分の人生が狂わされていくのが

アホらしくなってきた。

しかし、母からの言葉は今もずっと胸に残っていて

いつも人生の中で

死ぬ勇気があるならば、まだ行動できる!!

という教訓となっていて、あきらめそうになっても行動しているように思う。

私の個人的な意見だが

いじめは、

いじめられる人もいじめる人もどちらにも原因がないし

どちらにも原因がある。

しかしそれがどっちかが悪いというものではないように思う。

だから、いじめられている人は

「どうしていじめられるんだ?私が悪いのか?」と思わないでほしい。

いじめる人は、いじめる人に何かしら闇があって

イライラだと、かささいなことがきっかけでやってしまうのだろう。

それが悪いことだと思っていながらも抑えられない。

抑えられるように強くなれ!と言ったとしても、抑えられないのだから

どうしようもない。だからといって いじめる側を正当化するわけではない。

ただ、いじめがなくなるには、いじめる人の抱えているものもどうにかしないと

いけないのかもしれない。

「やめさせる」「なくなる」というのは

正直、簡単な解決策がないように思う。

そういうと、いじめを受けている人を絶望させてしまうかもしれない。

すぐすぐなくならないなら、自分がどうにかするしかないのが現状なのかもしれない。

それは立ち向かえということではなくて

今ならネットがあるから、パソコンや携帯1つで全世界とつながる。

学校と家族という2つの世界に生きなくても

もっといろいろな世界で生きたらいいのではないか?

勉強だってネットでもできる。

自分の命が危ないのに学校へ行く必要はないと思う。

SNSや電話で相談すればいい。

解決にはならなくても、誰かとつながればいい。

世界には、あなたをいじめる人よりも

あなたを愛する人の方が多い。

いじめている人は、「もしかしたら相手の命を奪うかもしれない」

私は思いとどまったけれど、自殺をするそぶりなんてなく、

いじめで人を殺してしまう日は突然やってくる。

長い人生の中で、

知らず知らずのうちに恨まれたりすることはあるかもしれないが

自分から恨まれるようなことはしないほうがいいと思う。

人はひとりでは生きられないから

できれば、人から助けてもらえるような人生を歩んだ方がいい。

誰かから「一生恨んでやる」なんて言われたら

一生苦しむことになると思う。

私は出産をして母になったから、我が子を死に追いやった人は

一生恨むだろうし、許さないし、殺してしまうかもしれない。

それぐらい親は子どものことを思っている。

「自分の親はそこまで自分のことを愛してくれていない」

と思うかもしれない。

でも、10ヶ月の妊婦生活はいろいろ気をつけて産んでくれたのだから

今の状況はどうかは確かにわからないが、

出産は愛していないとできない。

この世に生まれたのだから、

自分の人生を生きてほしい。

親がしてくれないなら、

自分で助けを求めてもいいし

自分で役所にいって、訴えてもいい。

自分で警察にいってもいい。

自分で相談の電話をしてもいい。

私はいじめがひどかったときに「学校へいかない」と宣言して

いかなかった

母は「わかった」とだけいって学校へ電話して

それだけだった。

1週間ぐらい行かなかった。担任の先生が訪ねてきて

何度か話し合いをしたり、友達が訪ねてきて話をしたりした。

急に行くといって行ってみた。

あのまま行っていたら自分の心がどうなったかはわからない。

自分で自分を守ったのかもしれない。

学校なんて、行ってもいかなくてもいいじゃないか。

そして社会にでても、嫌なことはいっぱいあった

いじめられたことがあると話すと

「いじられそうじゃもんね」と言われたこともあった。

どこにいても、嫌なことを言われたり

傷ついたりもする、そんなもんだ。

あの頃を振り返ると、自分はうざい性格だったし

面倒をかけるつもりはなかったが

面倒な存在だったように思うから

いじめられたのもちょっと納得できる。

だからといって、いじめられても

仕方がないと片付けられないが・・・

ただ、いじめられた分、人の痛みがわかって

人のためにこうしたい

こうだったらいいな

こうしたら、もっと便利になるかもしれない

と思って動いて、会社で働いたり

起業したりするようになったのかもしれない。

成功はしているとは思えないが、

たくさんの人と出会った。

いい人もいれば

「いじめられそうだもんね」とか言われたり

お局みたいな人に嫌われて大変だったりもした。

でも、やっぱり生きていればいい

生きているだけでいいのではないかと思う。

生きててほしいと思う。

私が死んだって

あなたは私のこと知らないでしょ?

と思うかもしれないが

テレビで、自殺のニュースを見たら悲しい。

私は自分がいじめられていたから特に思うし

今は子どもが生まれたから

どんな形でもいいから生きていてほしいと思ったりする。

きっとテレビを見た人はそう思うと思う。

たしかに全員じゃないかもしれない。

いじめを苦に自殺した人のニュースを見て、「死にたいなら死ね」

と心ないことを思う人もいるかもしれない。

でも、少なくとも私は

「生きていてほしかった。悲しいと感じる」

きっとあなたが死んで悲しむのは、私だけじゃないと思う。

多くの人があなたを思って悲しむのだけど

死んでいるからあなたはそれがわからない。

そんなの勿体ない。

思ってくれる人がいるのだから

死を覚悟するぐらいなら

もっと行動できる

(だからといって相手は殺さないでほしい。両者にとって最悪の展開なので

もっと他の方法でお願いします)

殺すなと言ったり、別の方法を考えてといったり

私のわがままだと思うが

生きてほしい。

脈絡なく書いてしまったが
「生きる」ことはどこでもできるから
学校へ行かなくても
家から出ても
とにかく生きてほしい。

雨が降る日に、雨をしのげる家がある
今日食べるものがある。
楽しみなテレビがある。
人生、そういった幸せがあれば
いいのではないか。
いじめとは関係なくなってしまったが
私はつらいときにそんなことを思いながら日々過ごしている。

いじめがなくならないなら
逃げればいい
いじめにあなたの人生が支配されることはないと思う。

どうか生きててね。
いじめられる自分を責めたりしないでね。
飛び降りる前に
私のように分析してみてね。
分析して冷静になると
飛び降りるのも
殺すのも
アホらしくなるはずです。
いいこともありながら、悪いこともありながら
それでもお互いに生きましょうね。

最後に
私はいじめられて良かったと思っています。
いじめる側になったり
傍観者の人生は
人を殺していて後悔したかもしれないから。
それならいじめられる方でよかったです。
人の痛みがわかるから、いじめられた人の気持ちがわかるから。
勉強したり経験したことが誰かのためになる時
私は自分は死ななくてよかった。
窓から飛び降りなくてよかったと感じます。
私が生きていることで喜んでくれるひとがいます。
誰でもそういう人がいます。
だから、生きてほしいです。

今回全てを書いたら
いじめの思い出を振り返って重い気持ちになったけど
全部をさらけ出したのでスッキリもしました。
傷が癒えていくように思います。
長々と失礼しました。

明日からも
今日も生きましょう。
学校には行っても、行かなくてもいいと思います。
命を守って、生きましょう
生きるけれど
危険ならば、行きはしない(笑)
なかなか良いシャレではないか・・・

滑った気がする
滑っても、傷ついても
私、生きています。

ちなみに、いじめの内容の中で
「自分のせいで友達がいじめられる」と言われた時に思い悩みましたが
友達が「私は好きで友達でいるんだから、関係ないの!いじめられてもいいし
あなたのせいでいじめられていると思ったことなんてない!」と言ってくれました。

いじめられたからこそ、
確認できた友情です。

母は自分がいった名言を覚えていないらしく
「そんな(殺せなんて)野蛮なこといったかしら」と数年前にいっておりました(笑)
残念ながら
された側や言われた側は覚えていても
張本人は忘れているようなので、
いじめている人も全然覚えていないではないでしょうか?
いじめている側にとってはその程度のことに
自分の人生を壊されるのはもったいないので
転校してでもいいので自分の人生を歩んでくださいね。
逃げるが勝ちというのもあります。

いじめられている人が少しでも
思いとどまってくれたらと自分の体験を書きました。
何かしら響いてくれたらいいのですが・・・・
長文でごめんなさい。

本当に最後になりますが
私は
死のうと思ったり
殺そうという覚悟を経験したら
自分が少し強くなって

いじめたいならいじめれば?

どうぞご自由に。

それでも私は死んだりも、

殺したりもしない。

自分の人生を生きてやる

と思えて

いじめに屈することなく

生きているのかもしれません。

どんな形でもいいので

生きてくださいね。

生きていたら、どんどん過去になって

過去になるとどんどん忘れてしまうものです。

過去になるまで時間がかかると思いますが

過去にするためにも、とにかく生きて

新しい出会い、新しい世界に更新していってほしいです。