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フィギュアスケート鈴木明子さんの講演 フィギュアスケート暴走

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廿日市市スポーツ協会設立60周年記念で

プロスケーターの鈴木明子さんが講演すると西広島タイムスで知って、

先着順だったのでチケット配布場所の近所にすむ知人に頼んで

チケットをゲットできました。

もう知人のおかげです。

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優子社長はフィギュアスケートになるともう話が止まりません。

鈴木明子さんのことは、

バンクーバーオリンピックのころから知りました。

長野オリンピック1年前あたりから

荒川静香選手と村主文枝選手を知って

そのころからフィギュアスケートにはまって、

浅田真央さんのおっかけで各地を回っていたほどです。

テレビを見ると、端々に優子社長が映っている(笑)

知人はフィギュアスケートの番組があると

優子社長を探すのが恒例になっているぐらい

最前列やそれに近い位置でみていたので映っているんです(笑)

初めて観戦にいったとき、スケート連盟主催のファンパーティーに参加して

サイン色紙が当たる抽選がありました。

目の前でサインを書いてくれます。

そのとき、優子社長は当たったんです!!

それが鈴木明子さんのサインでした。

握手まで!!

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↑久々に出してみました。

その鈴木明子さんの講演

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鈴木選手のことフィギュアスケートファンなのでだいたい知っておりますが

本人の口から聞くのは全く違いました

才能がある選手ではなく、何をやるのも人の倍以上かかっていたので

とにかく練習しました。

みんなはどんどん出来ているのは焦ったりして

お母さんにいうと「あんたは人より時間がかかるから、人の倍以上、

またはそれ以上に練習しなさい」

と言われ

「確かにそうだ」と思って練習しました。

人より大変だった分、できた喜びありました。

そうやって努力していると強化合宿に呼ばれました。

しかし長久保コーチ(のちの鈴木明子さんのコーチです)は

100人以上を一度にみるので

やはり人間は才能のある人や目立つ人に目がいって

全然声をかけてもらえない。

今まで私は1対1のところで練習していて

教えてもらえることも

声をかけてもらうことも注意されることも当たり前だと思って甘えていた。

どうにか気づいてもらわないと!!

合宿でもっとうまくなって帰ると

飛行機に乗って名古屋を出て仙台まできたのに。

そこで、注意されている人のそばを通る時に、何を注意されているか聞く

とにかくどんなことを指導を受けているか、注目していました。

それを取り入れてとにかくやっていたら声をかけてもらえました。

「注意されてうれしい」だなんて、名古屋のときは感じなかったので今でも嬉しかったことを覚えています。

高校のときに編入して長久保コーチのいる仙台へいくことも可能でしたが

母が高校まではスケートよりも大切な人間形成の時期、

それを手放すのは途中で育児をやめてしまうような気がして

親元を離れないでいなさい。

またスケートの人生よりも引退してからの人生が長い。

勉強もしっかりやらないといけない。

大学生からは自由にしなさいとのことで大学から仙台へ行きました。

親は今でも、

「もっと早くに行っておけば五輪のメダリストになれたかもしれないから、

私のせいかも」と悔やんでいることを言われます。

でも、それは絶対になく

勉強もちゃんとしてフィギュアスケートの生活もしてというのがよかった

と思っています。

仙台へ行って、体重管理をしっかりしないと!!完璧にしないと!!

と自分にプレッシャーをかけて摂食障害(拒食症)になりました。

でも、自分が病気になるってことが信じられなかったので治療を拒否。

病気はまず自分が病気だと認めないと治らないものです。

周りの人の支えがあってだんだん体が戻ってきました。

筋力がコントロールできずにリンクへ乗ったら、

また最初のジャンプからになりました。

再びジャンプが跳べる喜びを感じることができました。

トリノ五輪選考会では争いのグループに入れず、

自分の演技を終えて観客席から見ていました。

周りから

「続けていればあそこにいたのにね」

「遠回りになってしまったね」

と言われて悔しくて涙を流しました。

でも、そのときに思いました。

「遠回りじゃなかったと思えるぐらいになればいい。

そういう結果を出せばいい」

いままでは高校生のころの元気な自分に戻りたいと思っていました

戻るんじゃなくて

前の自分を超える自分になる

そしてオリンピックに2回も出て

こんなに素敵なスケート人生はない。

1つ1つやっていったらその先にどんどん道が開けてきました。

オリンピックの演技中の出来事も

緊張でどんな心境だったかも話してくださいました。

オリンピック選手だからって普通の人間で、

同じように悩んだり壁にぶち当たったり

私たちと変わりはなかったです。

しかし、うち勝つためには練習や努力しかない!!

「こんなに努力しているのに成功しないわけがない!!」

と自分に自信を持つしかない

スケートリンクでは一人で戦うしかありません。

だから自分のやってきたことを信じて、

いかに普段のことが出せるかなんです。

というセリフに優子社長は胸をうちました。

今日の鈴木明子さんの講演で聞いたことを大事に、励みます

優子社長は最後に、勇気を振り絞ります。

鈴木選手は最近、結婚されたので

最後の最後に「結婚おめでとう!!」とあの大ホールで叫ぶんだんです(笑)

ちゃんとその声に反応してくださってお辞儀をしてくださいました

横にいたファンの方も

優子社長についで「おめでとう」といってくれました。

すごくよい講演を聞いたので、何か直接お返しできてよかったです。